「究極のエルゴノミックを作りたい」から生まれた、
次世代ベース「EHB」開発ストーリー
私たちが皆さんにお届けしたいのは、完成した「製品」だけではありません。そこに至るまでに重ねてきた試行錯誤、迷い、そして部署を越えて受け継がれてきた想いがあります。
本稿では、ひとつのベース【EHB】が誕生するまでの、数年にわたる開発ストーリーを本プロジェクトに携わったIbanez DIVISION のメンバーに語っていただきました。
MEMBER PROFILES
メンバープロフィール
平山
開発所属
商品企画、開発を担当。当時は米国グループ会社に駐在しながら企画を立案、プロジェクトを主導。
金原
製品企画支援室所属
商品企画、開発を担当。機能性と普遍性を両立したデザインを設計。
中村
ベースプロダクト所属
商品企画、開発を担当。品質と量産の両立に向けたメーカー交渉を担う。
小野木
宣伝部所属
プロモーションを担当。ビデオ制作に向けたアーティスト選定・交渉を担う。
白須
販売部所属
海外営業を担当。欧州各国の代理店への製品プレゼンを担う。
福住
販売部所属
海外営業を担当。アジア各国の代理店への製品プレゼンを担う。
※所属は2026.03現在
Episode 1
開発のきっかけ
~究極のエルゴノミックベースを作りたい~
――このプロジェクトの最初のきっかけを教えてください。
平山
きっかけは2016年ですね。LAで毎年行われる商品会議があって、そこで今後に向けて『どういったベースを作ろうか』ということを皆で話し合うのですが、当時、ベース部門ではBASS WORKSHOPシリーズとして、挑戦的な企画を次々と発表し、ニッチではあるけど確実に需要がある楽器を作り続けていました。その知識や経験の集大成として【エルゴノミックベース】を作りませんか?という話になったんです。そこで要素のひとつとして挙がったのがネックの先にあるヘッドがない、いわゆる【ヘッドレス】でした。当時、市場で大きな成功例があったわけではありません。でも、それまでのヘッドレスの在り方とは違い、軽さ、弾きやすさといったエルゴノミックの部分に主眼を当てたヘッドレスベースであれば、間違いなく受け入れられるはずだと考えていました。
金原
企画が始まった当時、ヘッドレスギターやヘッドレスベースは数十年前に作られたものをたまに見かける程度のものだったので、社内でも企画に対して慎重な声もありました。それでも、良い音で、良い見た目の楽器を作れば売れる。その手ごたえはそれまでのシリーズで感じていました。それにギターはヘッドレスブームの兆しが見えていたときで、ベースにもその土壌はあると思っていたんです。
――最初にエルゴノミックベースを作ると聞いたときはどう思いましたか?
金原
楽器においてエルゴノミックという要素は、決して新しい概念ではないです。ギターやベースは70年以上前から基礎構造は大きく変わっていませんが、この企画では現代的にエルゴノミックを突き詰めた楽器を作りたいとチームで話していました。シリーズの集大成になる予感もあり、正直ワクワクしていましたね。
中村
一方で、既存のヘッドレスの評価として、見た目や音は決して良いものではなかったこともあり、それらの解決も課題としてのしかかってきたため、不安も半分ありました。でもだからこそ、『今までにない、世界最高のヘッドレスベースを作ろう!』とチームが盛り上がっていったのを覚えています。
Episode 2
アイデアを形に
~試行錯誤しながら完成度を高めていった開発の舞台裏~
――開発にあたりまずはどんなことが話し合われたのでしょうか?
平山
先ほどお話したとおり、当時のヘッドレスベース市場は大きくありませんでした。そうなると必然的にブリッジなどの既存のハードウェアパーツも少ないんです。最初は既製品を試しましたが、それでは物足りない。求めているものとわずかに違うんです。特に楽器の要となるブリッジは妥協したくなかったので、話し合いの上、早い段階から新規で開発する方向に舵を切りました。
中村
つくり手としてはまずハードウェアを固めないと進まない。一方で、形状が決まらなければハードウェアのサイズも決まらないので、開発と並行してデザインの作成にもとりかかりました。
――デザインはどのように決まっていったのでしょうか?
金原
まずは楽器の仕様を決めるために、エルゴノミックというコンセプトが何をポイントとしているかを明確にする必要がありました。企画初期はキーワードだけが先行していたので『このベースが目指すエルゴノミックとは何か』を徹底的に深堀りしていったんです。チームのみんなで話し合いを重ねた結果、『座奏時と立奏時のベースの位置が変わらないボディ設計』が目指すべき方向性に決まりました。きっかけは『最近、家で宅録している人が多いよね』という一言です。普段座って弾いている人が、いざステージに立って弾いたときに弾き心地が変わるという課題に対して、常に同じ位置、同じ姿勢で弾けるというキーワードが出てきたのが、気づきとして大きかったですね。
中村
この軸ができてからはプレーヤーの楽器を構えた角度を調査をすることで、その角度に自然に誘導できる様なボディバランス、ホーンにかけてのラインが決まっていきました。
金原
この方向性が固まるまでに3か月ほどかかりましたが、方向性が決まってからは、ある程度機能性が集約されてくるので、そこからはデザインに落とし込むまであまり時間はかからなかったです。
――実際には、いくつほどのデザイン案を制作されたのでしょうか?
金原
エチュード(制作過程における下絵)も含めて、案としては20~30案ほどです。意外かもしれませんが、ミーティングではデザインそのもののアイディアについての話は一切しませんでした。それよりも大事なのは『どういうベースにしたいのか』をチーム全員が同じ解像度で共有できているかどうかだと思います。ですので『どういうベースにしたいのか』という部分については、絶対ないよねというパターンまで振り切って徹底的に話し合いをしました。
平山
あとは、『普通のベース』として使ってほしいというコンセプトもチームの中でよく交わされたキーワードです。企画初期はもっと特異な形状の方向性も真剣に議論しましたが、それで『本当にたくさんの人に手に取ってもらえるようなベースになるのか』を考え、方向性を改めました。ヘッドレスの特異性を強く主張するのではなく、『普通のベースの一要素』として成立させる。その判断も大きかったと思います。
中村
かなり奇抜なデザイン形状もありましたが、あのまま製品化を進めていたらここまで売れなかったでしょうね。
平山
企画段階で社内の誰かに止められていたと思います笑
――ハードウェアの開発で大変だったことは何でしょうか?
中村
一番大変だったのはブリッジですね。搭載されたブリッジはモノレールブリッジと呼ばれる各弦独立型のもので、これは自社開発していたので母体形状はできていたのですが、ヘッドレスはヘッド側でチューニングできないため、ブリッジ側にチューナーを組み込む必要がありました。つまりチューナーと一体化させたブリッジを開発する必要があり、これは会社にとって初めての試みで、かなり苦労しましたね。特にチューナーのノブは長いとボディからはみ出るし、短いと回しにくい。その丁度良いサイズを求めて何パターンも試作を繰り返しました。あとはノブの固さや操作性。こういったパーツの使いやすさもエルゴノミックの一部と考え、最適なパーツの選定にも時間をかけました。
金原
ヘッドピースについても機能としては弦を留めているだけのものですが、たくさんの検討要素がありました。まずは弦交換しやすいようにネジで留めるような機構を検討したのですが、見た目が出っ張ってしまったり、パーツの材質、弦を留める力の強さ、弦を通す穴の位置や高さによって、弦が切れたり、折れたりしてしまうのです。あとは、切った弦の先で怪我をしないよう配慮するとか、ペンチで弦を切るときに楽器が傷つかないようにするとか、ヘッドレスベースではあれど、この小さなヘッドはいろいろな角度から試行錯誤して今の形になっています。
平山
実際にヘッドピースだけで10個も案が出ましたし、ブリッジの開発と併せて2年かかりましたからね。
中村
試行錯誤を経て理想的な仕様にたどり着いたからこそ、メーカー担当としては量産との両立ができるかという部分で非常に苦労しましたね。でもチームのみんなで考えたアイディアは何とか実現するんだという想いがありましたので、交渉を重ねた結果、我々が求めていた理想のエルゴノミック・ヘッドレスベースの量産化を実現する事ができました。
――開発チームの雰囲気はどうでしたか?
中村
少人数で意見をぶつけ合いながら、みんなで開拓していくような一体感がありました。本当にあれも違う、これも違うの繰り返しでしたけどね笑
発表時期のプレッシャーはあっても、息詰まるような事はありませんでした。
平山
やっていくともうちょっと良くしたいという想いが強くなっていくんです。量産できるのかという検証もありましたし、プロモーション準備もありましたので、結果として発表は1年遅らせることになりました。
金原
不完全なものは出したくはなかったですからね。でも正直、先を越されてしまうのではという不安もありました。先に出したブランドがイメージを引っ張って行ってしまいますから。『今年はどこも発表していないね』なんて言いながら、3人でNAMM SHOWのブースを見て周ったのを覚えています。
平山
最終的に私たちが発表したのは2020年。何とか先陣を切ることができ、本当にホッとしましたね。製品名はEHB(Ergonomic Headless Bass)。私たちが大事にしてきて、伝えたいことを凝縮した名称です。
Episode 3
プロモーションと販売
~作るフェーズから届けるフェーズへ~
――EHBは宣伝部、販売部の視点からはどう映っていましたか?
白須
EHBはこれまでのヘッドレスの概念を変えるベースだなと感じていました。人を選ぶ楽器じゃなくて、普段使いできる一本になっているなと。
小野木
既存商品ともキャラクターが全然違いましたよね。売上を取り合うというより、新しい市場を作れる可能性のあるベースだと思っていました。
福住
逆に言うと、『新しい市場=まだ世にないもの』ということですので、ヘッドレスの持つ独特のイメージも含め、誤解を生まないように、市場に正しく伝える必要があると感じていました。
――EHBのプロモーションはどのように行われたのでしょうか?
小野木
EHBはこれまでのコンセプトに加えて、『Versatile(多用途)』、『Diversity(多様性)』などのキーワードも企画段階から共有されていたのでプロモーションでは、『特定のジャンルに縛られない』ことを大切にしましたね。楽器そのものが持つ可能性を広く伝えたかったので、自由な表現ができるアーティストのほうが絶対に合うだろうなと。その流れで自然と名前が挙がったのがIchika NitoさんとYas Nomuraさんだったんです。
小野木
それに国内外に影響力を持つインターネットインフルエンサーとしても、この上なく理想的な存在でした。
――お二人に依頼したプロモーションビデオのアプローチは対照的だったと伺っています。
小野木
Ichikaさんにはスタイルを最大限に発揮してもらう形で、基本的にはお任せしました。その方が一番良い演奏になると分かっていましたし、結果的にプロモーションとしても最高になるだろうと。
中村
ただ、楽器の演奏性の高さを表現するため、タッピングやスラップといったテクニカルなフレーズはリクエストしましたよね。
小野木
一方でYasさんとは、BPMからフレーズ、サウンドの方向性までかなり細かく話し込みました。しかも限られた時間の中でミックス作業まで行ったので、正直かなりハードな現場でした笑
福住
それぞれ違うアプローチでしたが、どちらのプロモーションビデオもEHBの魅力を最大限に引き出せていました。実際に販売部のプレゼンでも使用しましたが、代理店の皆様にもEHBという商品がしっかり伝わる内容になっていたと思います。
小野木
AR(アーティスト・リレーション)の立場でのプロモーションって、楽器のイメージやメッセージをしっかり表現できるアーティストに演奏してもらい、その映像を最適な媒体で発信していくのが基本です。ただ、その前提として一番大事にしているのは、製品コンセプトを正確に共有することなんです。
白須
だから、企画段階の商品会議でも、参加するのは開発に関わる人だけではないですよね。早い段階から情報を共有しているからこそ、それぞれの役割に落とし込めるし、例えば販売部の視点からプロモーションのイメージを提案することもできる。
小野木
まさにそこですね。開発チームだけでなく販売部からのインプットもプロモーションの現場に活かされています。逆にプロモーションの現場でも宣伝部だけで完結させず、他部署のメンバーでもアーティストと直接対話ができる場面を意識的に作っています。
福住
販売部も同様で、開発チームが長年取り組んで形にした商品のコンセプトを深く理解することで、『どうやって伝えれば理解してもらえるか』を考えることができます。実際、毎年の代理店会議で世界各国の代理店に新商品をプレゼンする際も、そのコンセプトや想いまで含めて正しく伝えることを意識しています。そのためにも、商品部署や宣伝部とのコミュニケーションはとても重要です。
――実際の製品プレゼンではどのようなことを意識されましたか?
白須
ただスペックを並べるだけではなく、開発の背景や裏話も織り交ぜながら『楽器のストーリー』として伝えることを意識しました。その結果、完成度を高く評価していただけただけでなく、ストーリーを通して製品を身近に感じてもらうことができたと感じています。開発チームと情報共有したことでEHBのコンセプトや伝えたいポイントは明確だったので、迷うことなく自信を持って伝えられたのも大きかったです。
福住
この商品に限った話ではありませんが、プレゼンで『伝わる』話ができるかどうか、『買いたい!』と思ってもらえるかどうかは、商品の本質を理解して説明することはもちろん、それに加えて『熱量』も大事だと思っています。ここまでオンラインが発達した現代でも、対面での人間らしいコミュニケーションが効いてくる場面はたくさんあるんですよね。ですので開発チームの熱い想いを『正しく』、そしてこちらも『熱量を持って』伝えることを意識して話をさせていただきました。
白須
そんな我々の想いのリレーが伝わり、初回から多くのご注文をいただきました。市場からの反響も大きく、結果として代理店の皆様の売上にも貢献できたことがとてもうれしかったですね。
平山
目標を上回る成果もそうですが、多くの方に支持されたということが、本当にうれしかったです。完成までにはたくさんの苦労もありましたが、とてつもないやりがいを感じたプロジェクトになりました。
Epilogue
最後に
~インタビューを終えて~
星野楽器のものづくりは、誰か一人で完結する仕事ではありません。
企画開発、プロモーション、販売など...それぞれの専門性を持ったメンバーが意見を出し合い、何度もコミュニケーションを重ねながら、ひとつの楽器を形にしていきます。部署の垣根を越えて連携するからこそ、製品にはリアルな想いと説得力が宿ります。
星野楽器は大きな組織ではありません。
だからこそ年次に関係なく意見が尊重され、企画から開発、プロモーション、販売まで一貫して関われる環境の中で、誰もが「ただの担当者」ではなく「ものづくりの当事者」として成長していくことができます。
自分たちの仕事が、誰かの音楽の時間を支え、人生の一部になっていく。 その実感をチームで分かち合えることこそ、この仕事ならではのやりがいです。
ひとつの楽器が生まれる背景には、挑戦を続ける人たちのストーリーがあります。そして次の物語をつくっていくのは、これから加わる皆さんかもしれません。
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